ソフトウェアの見積書が答えているのは「システムを手に入れる費用」という一点だけです。より重要なのは、そのシステムが実際に使われる状態にするまでの費用と、今後五年間維持する費用です。ここでは見落とされやすい費目と、最初から見積もる方法を整理します。
1. 自社社員の時間
最も大きく、見積書にほぼ載らない費目です。本格的な業務システムの導入には、業務内容の説明、データの突き合わせ、テスト、検収を行う社内の担当者が必要です。その人はたいてい部署で最も優秀で、しかも通常業務を抱えたままです。
現実的な見積もり方は、モジュールごとに業務責任者一名が、導入期間を通じて相当な割合の時間を割く前提を置くことです。時間を空けられなければ日程は遅れます。開発側が遅いからではなく、業務上の質問に答えられる人がいないからです。
2. 旧データの整理と移行
過去データが整っていることはまずありません。同じ取引先が三通りの表記で登録され、商品コードは担当者ごとの流儀で付けられ、期首残高が合わない。ここでの費用には次が含まれます。
- 取り込み前のマスタ整備。
- 移行スクリプトの作成と複数回の再実行。初回はほぼ必ず誤ります。
- 取り込み後の突合。件数、残高、合計金額が旧システムと一致する必要があります。
目安として、整理にかかる工数は、ばらばらのファイルで運用してきた年数に比例して増えます。
3. 既存システムとの連携
システムがひとつしかない会社はまれです。電子インボイス、電子署名、銀行、会計ソフト、勤怠端末、ECサイト。連携ごとに費用が発生し、その費用はAPIを呼ぶ部分ではなく、ずれの処理に集中します。途中で失敗した呼び出し、双方でデータが食い違う場合、相手側のバージョン変更などです。
予算を組むときは「連携」という一行にまとめず、接続先を一件ずつ書き出してください。
4. 研修と生産性の落ち込み
新システム稼働の初週、生産性は必ず落ちます。操作は遅くなり、質問は増え、両方のやり方で処理する日も出ます。これは実在する費用であり、失敗の兆候ではなく、あらかじめ織り込むべきものです。
抑える方法は二つ。全機能を一通り説明するのではなく、担当ごとの業務に沿って研修すること。そして最初の二週間、その場で支援できる人を用意することです。
5. インフラと運用
サーバー、バックアップ、証明書、監視。そして何より、朝八時に障害が起きたとき責任を持つ人です。自社運用を選ぶなら、その時間も費用として数えてください。クラウドサービスなら、バックアップと復旧の条件をよく読んでください。任意の時点への復旧が含まれないプランもあります。
6. 稼働後の変更
会社は止まりません。毎年、新しい規制、新しい価格方針、新しい組織図が出てきます。この費用は確実に発生するので、想定外の追加ではなく、年度予算として最初から計上してください。
二年間まったく更新されていないシステムは、安定しているのではなく、利用者が静かに表計算へ戻ったシステムであることが多いのです。
予算を崩さない立て方
- 予算を三つに分ける。構築、稼働開始、年間保守。ひとまとめにすることが、あらゆる想定外の出発点です。
- 範囲は機能名ではなく業務で書く。「承認画面」より「支払申請を三段階承認、役職ごとの限度額つき」のほうがはるかに明確です。
- 検収の区切りは納品画面数ではなく、使われた結果で決める。
- 例外業務のための予備費を持つ。どの会社にも他社と違う独自ルールがいくつかあり、決まって終盤、テスト段階で現れます。
契約前に自問すべきこと
見積どおりに完了したとして、自社は毎月何時間を節約できるのか、どの判断が速くなるのか。具体的な数字で答えられないなら、問題は見積書ではなく、プロジェクトの目的の側にあります。




